発達障害者である相談員のクローズ雇用

Pocket

遡ること2年前の2016年の夏。

精神保健福祉士の国家試験に合格し持病の手術を経て、私は精神障害の相談員としてクローズ雇用で就労をしました。

発達障害の診断を受けて、休養と就学を経て1年半ぶりの就職、前職では自分の力不足と人間関係からリタイヤを余儀なくされました。

休業の期間中は再就職への不安を胸に、知識の研鑽と当事者としての就労訓練を重ねてきました。

しかし、苦い経験から不安と恐怖の再スタートでした。

スポンサー広告

  インチキ占い師から  

私は、休職前はなまぬるい支援者でした。その時はそう思っていませんでしたが、やはりぬるぬるのインチキ占い師みたいなものでした。

社会福祉士という資格については、医療・福祉業界以外の方はあまり知られていないと思います。自分でも説明できますが、情報の信憑性のためにあえて引用します。

社会福祉士とは

(身体・知的障がい者、高齢者、貧困者、母子家庭、虐待の恐れのある子ども・非行や不良行為に関わる子どもなど)の相談を受け、日常生活を問題なく過ごせるように支援する職業です。

引用元:みんなの介護ニュース より抜粋して引用

つまり対象領域は非常に広いんですが、その問題は聞いたことがある程度の浅い知識で相談者を前にして十分なスペシャリティを提供出来ないこともありました。

ただ地域包括支援センターという役所の高齢者相談窓口の看板を、代理で背負って、体面をつくろいながらギリギリで傾聴をしていました。

聴く事は出来ましたがその場ですぐに相談者の問いに応えられないぬるさがありました。

それでもやってこれたのは、「介護予防段階の高齢者」という生活の変化が緩やかな方達が対象だったからです。そして、信用をされておらずに仕事を任せて貰いにくかったこともありました。

   まずは自分の問題に向き合って   

自分に出来ることとして慌てて知識を強化して補う努力はしていました。

だけど、欠けていたのは相談される方の葛藤や心境を理解すること、そして生き方の方向を示すことでした。

自分自信の生き方がぼやけ、自分と他人の境界、自分の課題をあいまいにしている私には、他人の気持ちを受け止め、説得力を持った言葉が出せなかったのです。

結果として浮彫になったのは私の問題、発達障害特性でした。

自分の発達障害特性や弱みを受け入れる日々は、過去の自分のずれた行動を思い出して恥じながら明日をどう生きるかの問い中にありました。

救いを求める様に書物を読み、「発達障害」と「自分」を知り直しました。

自分を知る勉強を精神保健福祉士の資格取得と重ねました。

精神保健福祉士とは

福祉にとどまらない、心理や保健医療にもまたがる専門職。精神の障害を抱えた人たちが適切な医療や公的制度を利用できるようアドバイスしたり、社会復帰に向けたリハビリや、退院、就職をサポートしたりする。
社会福祉士が幅広い分野を対象としているのに対して、精神保健福祉士は総合失調症やうつ病、認知症、発達障害、知的障害など精神の病気や障害を抱えた人たちを主な対象としている。

引用元:スタディサプリ

ぬるかった自分の知識を精神分野で尖らせるべく、テキストは舐める様に隅々まで読み、精神分野と障害福祉サービスを網羅して、関連する書籍を読み広げていきました。

当時の様子は、関連記事:ピア精神保健福祉士への道程①

リンク先:発達障害者である専門職のインディペンデンス

計画性を持った勉強に取り組めたのは、必死の模索という動機はありましたが、発達障害と診断されて処方されたコンサータ等の薬効があったと思います。

それまでは見通しというものにはモヤがかかっていました。1年先を見越して計画的な学習を継続するには、不足する脳内物質を薬で補う必要があったのです。

そして、無事に精神保健福祉士を取得して、精神障害専門の相談事業所に就職をしました。

   住民約40万人の相談窓口   

私の職場はけっこうな責任を持ったところでした。お役所に来る精神障害に関わる相談を役所の代わりに受けるんです。

いわば約40万人の住民の相談が一手に引き受けられていました。

精神障害、発達障害について行先に迷い、誰を頼ればいいのかわからずに、のぞみを託して相談に来られるのです。

その最初の一歩は電話での一報です。見ず知らずの相手に自分の人生を打ちあけて弱みをさらすんです。

自らの状態や病名を十分な知識で理解している訳でもなく、自分の状況や感情に整理がついている訳でもありません。

その第一声を拾うのは電話相談でした。

時には消え入りそうな声で、時には謎かけのように、

また日常的な問い合わせをする体裁の裏にsosが込められていました。

その一歩に手を伸ばし損なうと、相談者のリカバリーは十年延びるかもしてませんでした。

障害福祉サービスに繋がる道は、精神科病院の入院を経た後や、罪を犯し裁かれた後になったかもしれません。

   命を載せた運命の交錯   

私はその初回相談の機会を、私と相談者の運命の交錯だと思っていました。

そこに求められる「機」とスピード感はサムライの死合いの様にすら感じていました。

相談者の命をのせた剣戟を、呼吸をよみ、心を合わせて、神経を研ぎ澄まし、

一撃必殺のカウンターで「居合切り」の様に、言葉を紡いで返していました。

まるで相手を打ちのめす様な表現ですが、返す刀は「人を活かす言葉」です。そして、精神相談には命がかかっている事も大げさではありません。

幸いにして、私が受けた初回電話相談者には、ほとんど会って話すことが出来て、多くの方が帰る頃には笑顔が見られました。

その鍵が、私自信の葛藤と不安にまみれて過ごした時間でした。

言葉に出来ない相談者の呻きが電話ごしであっても、沈黙を通してでも伝わったのです。

私自身の葛藤が支援職としての最大の武器となっていたのです。

つづく

フォローする

発達障害者である相談員のクローズ雇用” に対して1件のコメントがあります。

この投稿はコメントできません。