危機を越えて働く力へ――ニューロダイバイティ体験を経験した私は就労支援で「活動量の平均化」を重視する

危うい体験は、就労支援の武器になりうる――活動量の平均化という視点

2019年頃の私は、過集中によって睡眠が崩れ、その反動で活動量が大きく落ちるという流れを、自分の身体で経験していました。

当時は、その最中にいる自分をうまく客観視できていませんでした。
むしろ、知識がつながる感覚や、思考が加速する感覚の方に強く目を奪われていました。

けれど今振り返ると、あの頃の体験の本質は、ひらめきや覚醒感そのものより、エネルギー量のコントロールが崩れていたことにあったのだと思います。

そして私は、そのことを支援現場に立ってから、よりはっきり理解するようになりました。

実際、就労支援の場面では、似たような経過をたどる方が少なくありません。

ある時期には非常によく動ける。
やる気もある。
アイデアも出る。
周囲との会話も増える。
本人も「このままいけるかもしれない」と感じる。

けれど、その裏で睡眠が崩れている。
疲労が蓄積している。
生活リズムがずれている。
そしてしばらくすると、強い疲弊や意欲低下が出てきて、通所や就労が不安定になる。

この流れは、本人にとっても周囲にとっても厄介です。

なぜなら、上がっているときは一見うまくいっているように見えるからです。
能力が出ているように見える。
調子がいいように見える。
支援者側も「今が伸ばし時かもしれない」と感じやすい。

しかし、そこだけを見てしまうと、その後の崩れを見落とします。

私は、就労支援において本当に大切なのは、一時的な高出力ではなく、崩れずに続けられる状態を作ることだと考えるようになりました。

そのために必要なのが、活動量の平均化です。

ここで言う活動量の平均化とは、毎日まったく同じ動きをするという意味ではありません。
その人が無理なく継続できる範囲の中で、生活・睡眠・服薬・通所・仕事のバランスを整えながら、大きく乱高下しない状態を作っていくことです。

私はこの視点を、制度や理論だけで学んだわけではありません。
自分自身が、上がりすぎることの危うさと、その後の失速のしんどさを知っているからこそ、この視点を強く持つようになりました。

そして実際、私が相談支援で関わってきた就労支援ケースでは、中断や途中退所に至ったケースは1件もありません。
終結したケースは、一般就労へステップアップされた方のみです。

たとえば、

・生活介護 → 就労継続支援B型 → 就労継続支援A型
・自立訓練施設 → 就労移行支援施設 → 一般就労
・生活介護 → 就労継続支援A型
・就労継続支援A型 → 一般就労
・就労継続支援B型 → 漫画家
・就労移行支援 → SE
・就労継続支援B型 → 画家

といったように、それぞれの方に合った形でステップアップを支援してきました。

ただ、こうした経過は決して順風満帆ではありませんでした。

睡眠障害、うつ症状、幻聴、休職、利用者トラブル、支援方針のずれ、クビ宣告、入院、投薬調整。
そうしたさまざまな危機や揺らぎを経ながら、それでも支援を中断せず、生活と就労の立て直しを重ねた先に、安定と次のステップがありました。

私は、リスク把握、利用調整、危機介入、医療連携、就労調整、事業所変更といった支援を行いながらも、ご本人が希望する生活や夢に向かうことをあきらめません。

その時々で現実的な調整は必要です。
症状が強い時期には、まず休むことや医療につなぐことが優先されることもあります。
利用先が合わなければ、環境を変える必要もあります。
働くことそのものより、まず生活の立て直しが先になる時期もあります。

それでも私は、本人の願いや可能性そのものを小さく見積もらないことを大切にしています。

なぜなら、就労支援は単に「今すぐ働けるかどうか」を見るだけではなく、の人がどんな生活を望み、どんな形で社会とつながりたいのかを見続ける支援でもあるからです。

そうした伴走ができるのは、自分自身が特性による生きづらさや仕事上のつまずきを経験し、その中で対処を学んできたこと、さらに自分自身も就労支援を受けてきた経験があるからだと思います。

当事者としての体験、仕事の中で積み重ねた実践、そして支援を受けた側の経験。
その三つが、今の私の支援に結実しています。

また私は、ご本人に本当に合う就労支援事業所や社会資源を、かなり粘り強く探し続けます。

近場で無難な事業所に落ち着かせるのではなく、その人に合う環境はどこかを貪欲に探す姿勢を大切にしています。

それは、自分自身が仕事に悩んだとき、血眼になって就労支援施設を探した経験ともつながっています。
だからこそ私は、「とりあえずここで」とは考えません。

本人の特性、体力、生活リズム、希望、働き方、対人面、創作性、将来像まで含めて見ながら、本当にマッチする場を追求したいと思っています。

そして、就労支援を始めるときには、経済的要因だけで話を進めることもしません。

もちろん、生活のために収入が必要であることは非常に大切です。
けれど、経済的要因だけで就労ニーズを急いでしまうと、本人のエネルギー量や生活の安定度が追いつかず、かえって崩れてしまうことがあります。

だから私は、経済的要因も踏まえつつ、就労ニーズの本気度と、スタートする機会を慎重に見極めること大切にしています。

今は踏み出す時なのか。
まだ待つ時なのか。
まず生活を整える時なのか。
今なら小さく始められるのか。

そうしたタイミングの見極めは、とても重要です。

支援者が焦っても、本人が整っていなければ続きません。
逆に、本人の中で「今ならやりたい」「今ならやれそうだ」という感覚が育ってきた時に、その機会を逃さずにつなぐことができれば、大きな前進につながります。

私は、就労支援において本当に大事なのは、短距離走のような一時的な頑張りではなく、長く働き続けられる土台をつくることだと考えています。

その土台は、気合いや根性だけでは作れません。
睡眠、服薬、生活リズム、活動量、疲労の回復、周囲の理解。
そうしたものを整えながら、その人の力が無理なく発揮できる形を探っていく必要があります。

私は、自分の過去の危うい体験を、そのまま美談にしたいとは思いません。
けれど、その体験を通して学んだことが、今の支援の精度を上げているのは確かです。

危うさを知っているからこそ、安定の価値がわかる。
乱高下を知っているからこそ、平均化の意味がわかる。
そして、支援が必要なのは「頑張れる人」ではなく、「頑張り続けるための条件がまだ整っていない人」であることもわかる。

ピアな支援者の強みとは、単に「同じ経験をしたことがある」ということだけではありません。
その経験を振り返り、整理し、支援に生かせる形に変えていることにあるのではないでしょうか。

私はこれからも、生活の平均化を大切にしながら、その人が無理なく働き続けられる形を一緒に整えていきたいと思います。
そして、危機があっても、揺らぎがあっても、本人の望む生活や夢に向かう支援をあきらめずに伴走していきたいと思います。

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