この記事は、2019年3月24日に書いた記事を再編したものです。
2019年3月15日の判決当時、私はこの事件を通して、孤立した育児や睡眠不足、母親に偏る負担、支援の届きにくさについて考えました。
あれから7年が経ち、子育て支援や児童福祉は確かに前進してきた面があります。
ただ、その一方で、今もなお残る課題もあるように感じています。
今回は、当時の記事を振り返りながら、現在の子育て支援や児童支援の進歩と残る課題を考察します。
7年前と比べると、子育て支援や児童福祉はたしかに前へ進んでいます。
以前よりも、妊娠中から出産後、子育て期までを切れ目なく支えようという考え方が広がってきました。
産後の母親を支える仕組みも少しずつ整い、相談できる窓口も、以前よりは見えやすくなってきています。
また、フィンランドのネウボラに学んだような、妊娠・出産・子育てをまとめて支える相談の仕組みも、各地で少しずつ広がってきました。
昔よりは、「子育ては家庭だけで何とかするものではない」という考え方が制度にも反映されてきたように思います。日本では、こども家庭センターの整備や産後ケア事業の努力義務化など、妊産婦や子育て家庭を早めにつなぐ制度整備が進められています。
ここまでは、素直に前進だと思います。
昔より支援は増えてきた、ということですね。
はい。
相談の仕組みも、産後を支える制度も、以前よりは整ってきました。
そこは正しく評価すべきでしょう。
……すんません、難しい話よう分からんのですけど、
つまり昔よりは「助けてもらえる場所」が増えてきた、ってことですか?
そういう理解で大丈夫です。
ただし、場所があることと、本当にそこへたどり着けることは別なのです。
――制度できました、窓口あります、で「はい解決」みたいな顔されてもな。
いや、入口できただけやん。
ただ、ここで終わってしまうと、少し楽観的すぎる気もします。
なぜなら、支援の仕組みが増えることと、必要な人にその支援が本当に届くことは、同じではないからです。
相談窓口があっても、そこに行く余力がない人がいます。
支援制度があっても、「こんなことで頼っていいのだろうか」とためらってしまう人がいます。
また、家庭の中で育児負担が偏っていても、それが外からは見えにくいこともあります。
とくに、睡眠不足や孤立は厄介です。
本人が「もう無理だ」と言葉にできる頃には、かなり深刻になっていることがあります。
まだ頑張らなければと思っているうちに、心も身体も削られていく。
そうした苦しさは、今でも決して珍しくないように思います。
窓口があるのに届かん、っていうのが、いまいちピンとこんのです。
しんどかったら相談しに行けそうにも思うんですけど……。
そこが難しいところです。
本当にしんどいときほど、人は動けなくなります。
疲れ切っていて、言葉にする余裕もなく、「助けて」と言う力そのものが残っていないことがあるのです。
支援が必要なほど、支援にたどり着きにくいこともあるのですね……。
――あとから「相談したらよかったのに」は、まあ定番やな。
行ける元気あったら、そこまで追い詰められてへんことも多いねんけど。
ここで考えたいのは、子育て支援の課題は「制度が足りない」だけではない、ということです。
もちろん、まだ制度や人手が十分ではない地域もあると思います。
けれどそれと同じくらい大きいのが、支援を受けにくい空気や、家庭の中に負担が偏る構造です。
母親がしんどくても、「母親なんだから」と抱え込みやすい。
父親も、働き方の中で十分に育児参加しにくい。
家庭の中で何が起きているかは外から見えにくく、深刻さが共有されにくい。
そうしたことが重なると、支援の制度があっても、現実には孤立が残り続けます。
私は、今の子育て支援や児童福祉を考えるとき、二つの視点が必要だと思います。
一つは、7年前より確かに前進したことを認める視点です。
もう一つは、それでもなお届いていないところを見つめる視点です。
前進を認めることは大切です。
けれど、制度があるからもう大丈夫だと考えてしまうと、支援からこぼれ落ちる家庭をまた見えなくしてしまいます。
本当に大事なのは、助けを求める前からしんどさに気づけることです。
家庭の中に閉じ込められた負担を、家庭の外へつなげられることです。
そして、母親一人の忍耐に子育てを依存させないことです。
2019年当時の私は、判決への怒りや違和感を強く書いていました。
今はその怒りだけではなく、どうすれば同じような孤立を減らせるのかを、もう少し落ち着いて考えたいと思っています。
支援は増えました。
考え方も前進しました。
それでもなお、「あること」と「届くこと」の間には距離があります。
過去の事件を今あらためて振り返ると、私はこの判決結果だけではなく、行政としても問題意識を持ち、少しずつ前進してきた側面があると感じています。
子育て支援や児童支援の仕組みは、以前よりも整備が進み、ご家庭の困難に関する情報も、必要なときに支援へつながるよう記録として引き継がれていく体制になりつつあります。
それは、確かに大切な前進だと思います。
ただ、その仕組みがあるだけで十分とは言えません。
本当に必要なのは、その支援を、今まさに困難を抱えているご家庭へ届けることです。
そのためには、私たちのような障害福祉分野の相談支援専門員が、困難な家庭児童のケースに対して、アウトリーチをしていく必要があると思っています。
また、私の勤務する事業所では、「地域こども食堂」を行っています。
今や全国に広がった「こども食堂」ですが、私たちの事業所では、安価に食事を提供する場所としてだけでなく、地域に潜在している家庭の貧困や、子育て困難世帯の状況をキャッチして、必要な支援へ手を伸ばすことを目的としています。
子育ての困難は、非常に難しい支援になることが多いです。
こどもの問題だけでなく、両親の問題、学校環境の問題など、非常に多重的な困難さが絡み合っていることがあります。
だからこそ、短期的に解決できるものではなく、長期的に関わり、必要な介入時期を見守り続ける支援にもなります。
支援体制は少しずつ整ってきています。
行政もまた、過去の出来事をただ過去のものとして流すのではなく、前進しようとしている側面があると感じます。
だからこそ私たちは、その整いつつある支援を、本当に必要としている子育てに悩むご家庭へ届けられるよう、これからもアウトリーチをしていきたいと思います。
支援が整ってきたことを認めるだけでなく、それを必要な家庭へ届けに行くことまで考えねばならないのですね。
はい。
制度や窓口があるだけでは足りません。
困難を抱えたご家庭は、こちらから手を伸ばさなければ、支援につながれないこともあります。
だからこそ、見守り、関わり、必要なときに介入できる距離を保つことが大切なのだと思います。
なるほど……。
難しい制度の名前はよう分からんかったですけど、結局は「しんどそうな家を見つけて、ちゃんと手を伸ばせるか」ってことなんですね。
その通りです。
支援とは、待つことではなく、必要な人に届く形を考え続けることでもあります。
――「窓口あります、困ったら来てください」だけで来れるなら、みんな苦労せえへんもんな。
やっぱり、こっちから動くんが本番やわ。