有罪!カルロスゴーン氏の罪状は発達障害者・精神障害者大量虐殺

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連日、日産前会長のカルロス・ゴーン氏の判決が報道をにぎわしています。

 

しかし、私は現法廷で争われている「金融商品取引法違反」なんてことは大したことではないことだと思います。

 

正直、ゴーン氏が社長だったとしたら自身の手腕で売り上げた利益を好きに配分したくなる心情もわかります。退役で支給される額が自分が数字であげた功績に見合わないと考えると、抜け道も探したくなったのでしょう。

 

法人税の分配や会社法は良く知りませんが、税制法に照らして有罪が無罪かなどは、ゴーン氏が日本社会にもたらせた影響に比べるとどうでもいいことです。

 

そんなことより私は、ゴーン氏の真の罪状は「ジェノサイド(大量虐殺)」だと思っています。

 

ゴーン氏は日本の社会的背景を考慮せずに、多くの労働者を死に追い詰めた「社会的なジェノサイダー」ではないでしょうか?

 

1999年に 海外から赴任したゴーン氏は、それまで終身雇用制度にあった日本で、2万1000人という無残な大量の首切りを敢行しました。

 

結果として経営危機にあった日産は1年でⅤ字回復、そのことを皮切りに各企業で「リストラ」という名の元で「社会的ジェノサイド」が進められました。

 

会社基準で人件費をカットする名目で「使えない」「すぐに利益をうまない」と思う人材を切り捨て「社会生命」を断絶していったのです。

 

経営という面に焦点をひくと功績であった等の賛辞はありますが、私が焦点を当てたい話と逸れるので語りません。

 

私がその時代で焦点を当てたいのは、潜在をしていたはずの働く発達障害者、精神障害者の恐怖と悲劇です。

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・国からはしごをはずされた発達障害者

リストラが敢行される2年前の1997年に、発達障害者の延命措置の様な仕事の仕組みが変わりました。

 

多少問題があっても定年までクビにならない終身雇用制」

多少問題があっても年を重ねれば給料が増える「年功序列賃金制」の撤廃です。

 

この制度自体には、良い面と悪い面があったと思うので、一概に撤廃が悪かったとは思いませんが、当時の「精神保健福祉制度」と「発達障害者の理解」を置き去りにして、非常に残酷で無理な進め方だったと思います。

 

その当時の精神保健福祉の状況、発達障害者の理解は現代と全然違っていました。

 

1990年代まで、日本の精神科病院は「地獄の収容所」だったことを以前にお伝えしました。

関連記事:精神科病院はこわい?

・障害ではなく変わり者

 

あまりのひどさに世界中からおこられ、1997年に精神保健福祉法が成立し、精神障害を隠蔽し収容する政策から福祉へと変化をしはじめた途上でした。

 

発達障害者の理解は海外の認知度より遅れて、司馬理恵子先生の「のび太、ジャイアン症候群」という著書で周知されだしたのが1997年でした。

 

発達障害の存在と対策を国が認め「発達障害者支援法」が出来たのが2005年です。

 

近年になって理解と特性が明らかになって来た発達障害者ですが、当然昔から存在していました。

 

つまり、1999年当時の発達障害者は「本質のわからない変わった人」として、集団から浮きながらも未解明のまま社会生活を送っていたのです。

 

そして、一度勤めたらよほどのことがなければクビにならないという「終身雇用制度」の中で、「変わりもの」と言われながら会社の中に存在していたのです。

 

リンク先:発達障害者である専門職のブログ

関連記事:発達障害者が生きづらくなったのは?壱

・社会との共存から炙り出された精神障害者

精神障害者も差別と偏見の社会の中で、開示する方策も難しくギリギリまで症状をひた隠しにしながら社会生活をされなければなりませんでした。

 

しかし、多少大人しかろうが、変わっていようが、雇う以上は働ける環境を配慮して仕事を続けられる社会がありました。

 

そして「正社員」で「定年」まで働くことがまともな社会人のブランドでした。

 

非常にわかりやすく、まっすぐと職務をこなして、誇りをもって発達障害者は働かれていたでしょう。

 

コミュニケーションに困難はあったかもしれませんが、それでも解雇をされないことは個性を受け入れて共存していく姿勢があったのです。

 

しかし「聖域なき構造改革」によって、年功序列、終身雇用が崩されて、ゴーン氏が無残な大ナタを振り下ろし、共存は立ち切られてしまいした。

 

これからの、ライフプラン、家族を養う義務、家計などの都合はお構いなく、一方的に会社の経費対策のために人々が切られていったのです。

 

同時に精神疾患者は炙り出されていきました。1997年以降で精神疾患患者数は増加していきました。

・「自己責任」?会社視点でぼやかさないで!

それまでよほどの事がなければ「クビ」ということがなかった時代に、なんの準備も受け皿もなく「クビ」を言い渡された人々の心中はどうだったのでしょうか?

 

あまりにも一方的に残酷に「自分の仕事」「生き方」「人生」を否定されたように感じられたのではないでしょうか?

 

「クビきり」をされた人の中には、就労能力が不十分であったり、加害者タイプの性質を持たれた方々もおられたかもしれません。

 

しかし「クビきり」にあった先に、何処を見つめ成し何を気づける機会が与えたられたのでしょうか?

 

その方々が自分と向き合い、生活を再建していくシステムが、未確立の社会に、ただ無残に放りだされただけなのです。

 

会社一筋にまじめに生きてきた発達障害者は、どうやって「それから生きていく道」をみつけられたのでしょうか?

 

残念ながら、多くの方が「生きていく道」を見つけられませんでした。

1997年以降、自殺者数は跳ね上がり毎年3万人を超えて約10年間推移していきました。

 

思ったより分量が長くなってしまったので今日中にまとめるのが面倒になって読まれる方の気持ちに考慮して分割します。

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