有罪!カルロスゴーン氏の罪状は発達障害者・精神障害者大量虐殺2

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前回の話では、カルロス・ゴーン氏の会社の金の使い道などより、重罪な2万1000人の解雇をお伝えました。

 

そんな酷薄な社会情勢の中で発達障害者・精神障害者達はどう過ごされていたのか?

 

今回は、リストラをされることをおそれて働き続けた人達にフォーカスを当ててみます。

 

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・社会の死刑台が待つ環境で

信じて尽くしてきた会社に無残にクビをきられる同僚を見ながら、会社に残った人々の心境はどうだったのでしょうか?

 

自己責任論でクビにされた方々を批判しながらも、「クビきり」のふるいにかけられて働かされていた人々の胸中には何が渦巻いていたのでしょうか?

 

ささいなミスも許されない体調が悪くても家族の時間を犠牲にしても、気をぬけば自分の自己責任の名の元に切り捨てられる

 

恐怖と重圧をかけられ続けていたのではないでしょうか?

 

その中で発達障害者はどれだけ追い詰められていったことか。

 

当時の日本には、発達障害を認めてカミングアウトすることで周囲の理解を得る選択肢などありませんでした。

 

発達障害を診断できる医療機関も少なく、精神障害への偏見も根強く、発達障害を受け入れて理解できる社会もありませんでした。

 

「障害」などと絶対に認めるわけにはいかず、コミュニケーションの苦手さをごまかしながら、「変わった人」と言われながら、必死に生きるしかなかったのです。

 

さらに「リストラ」のふるいの中では「障害」は「社会的な死」を招くものとなりえました。

 

対人トラブルや仕事のミスなどから、発達障害特性に気づかされる場面があれば「自分は何をやっても無駄、どうしようもないんじゃないか」と絶望感を味わったことでしょう。

 

そして「うつ病」を併発してしまっても

 

「やすむこと」「うちあけること」も出来ずに、

 

心と体の限界まで働き、

 

やすむために電車のプラットホームへ飛び込む人が相次ぎました。

 

・切り捨て政策のツケ

1997年を境に自殺者は3万人を超え続けました。その3割は労働者世代、同時に精神疾患認定患者数も急増しました。

 

自殺と仕事のメンタルヘルスの因果関係は、国の姿勢が認めています。

 

厚生労働省は2000年より、急ビッチでメンタルヘルス政策を推進して、この国家的な危機に対策を行わざるを得ませんでした。

 

構造改革から16年後の2013年に精神疾患は国民の5大疾病と国から認定されました。

 

結局は精神疾患を生み出す社会構造を認め「はたらく人々のメンタルヘルス」に配慮をしなければ国が立ち行かなくなり対策を迫られたのです。

 

毎年、そのケアの細やかさと質は、精度を増していき、ストレスチェックから、精神疾患の早期発見、休業、復職の流れがつくられていっています。

 

その成果があって、自殺者数は2010年を境に減少をはじめました。

 

 ※厚生労働省 はたらく人のメンタルヘルス対策ページより抜粋・解釈

働く人の
メンタルヘルス・ポータルサイト

  

 

・10年でめざましく進展していったメンタルヘルス対策

現在では、みなさんに良い仕事をしてもらう為に、ストレスに配慮しながら、働きやすい環境をつくることが必要と認めています。

 

厚生労働省は、労働者向けポータルサイトにおいて

メンタルヘルスケアとその実践の意義

を、以下の様に述べています。

 

メンタルヘルスケアとは、全ての働く人が健やかに、いきいきと働けるような気配りと援助をすること、およびそのような活動が円滑に実践されるような仕組みを作り、実践することをいいます。

メンタル不調になると ~ 最悪の場合は自殺や離職につながることもあります。メンタルヘルス不調に陥る人は、元もとは仕事熱心であった人も多いため、企業にとっては貴重な戦力を失うことになります

 

引用元:厚生労働省はたらく人のポータブルサイト 心の耳より

 

精神疾患はすべての人の働く環境によって起こり、ストレスがかかりすぎない職場環境づくりが必要だと言っています。また、真面目に働く人の価値を認めて大切にする必要性を謳っています。

 

この素晴らしい変化をうけとめ厚生労働省には、ぜひこの方向で推進をしていってほしいと思います。

引用先:厚生労働省

メンタルヘルス対策(心の健康確保対策)に関する施策の概要

・だからこそ、今問う!!

だからこそ、敢えて問いたいことがあるのです。

 

あのリストラの時代と今の時代を見ている政府の関係者は、どの様な総括をしているでしょうか?

 

労働者ひとり一人のメンタルヘルスに配慮をした観点で、あの世紀末に行われた「労働法制の改正」「リストラの強行」を見直すとどう思われるのでしょうか?

 

どれだけ残酷で配慮のない、大虐殺政策だったのか?

 

現在のメンタルヘルスの観点から見ると、大失策であったのは自明の理ではないでしょうか?

 

発達障害者の悲劇という側面だけではなく、企業の短期的な利益の為だけにどれだけ貴重な労働力を損失したのでしょうか?

 

ちなみに、日産の1999年のリストラ者の中には、ハイブリット技術開発や電気自動車開発の技術者もおられました。目先の短期的な数字上から「今すぐに、利益を生まない人材」と見なされ解雇をされました。

 

その後の自動車業界の流れ、日産の特色不足を考えると、「可能性を切り捨てる政策」がどうだったかの判断基準になるのではないでしょうか?

 

私はカルロス・ゴーン氏の問題が語られる時に、なぜ会社の金の使い方などの報道がメインで、この大失策、大虐殺が責められないのか不思議に思えてならないのです。

・「コストカッター」自身も「コストカット」自体も誤りと考えられる社会へ

「リストラ」という政策は、ある意味当時の日本人ではできなかった大改革かもしれません。

 

しかし発達障害者を含む「就労困難者」へのサポートも不十分で「精神障害」への偏見と自立支援サポートもない、当時の日本で敢行するには、傲慢で残忍な政策だったと思います。

 

カルロス・ゴーン氏の罪状は社会、精神保健福祉の視点から見ると、その罪状は「社会的ジェノサイド(大量虐殺)」です。

 

そんな「ジェノサイダー」が最近までは政財界の英雄の様に称えていたのです。

 

 あのリストラ強行は、、、

 

日本の精神保健福祉の遅れ、国民性、文化的背景を無視した凶行でした。

 

今、その人物が会社の利益を着服し、私腹を肥やし、無実を主張して居直っていることが問われているのです。

 

ゴーン氏の人生が英雄から犯罪者に一転する様に、社会の認識も「コストカット」政策を横暴で残酷であったと改めてほしいと思います。

 

さて、今回も長くなってしまい語りたいことまで行き着きませんでした。マスコミの尻馬に乗ったゴーン氏の批判はこれぐらいにしておきます。

 

次回は時代が転換していっている機運と、希望をお伝えします。

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