PR

知識と感情と発想の直結から降りて来た!ー私のニューロダイバシティ体験

Xでフォロー
体験としてのニューロダイバシティ リライト
記事内に広告が含まれています。
スポンサー

ニューロダイバシティ体験とは

この記事で紹介したいのは、ニューロダイバーシティという言葉の説明ではありません。

私が実際に体験した、
知識や感情や発想が一気につながる感覚についてです。


体験としてのニューロダイバシティ

自分の中に散らばっていたものが、ある時から急につながり始めました。

それまで別々だった知識や違和感が、
線になり、面になり、ひとつの構造として見えてくる感覚でした。

これは「理解した」というより、
「つながった」という感覚に近いものです。

「つまり、概念ではなく“体験”として語るということだな」

「はい。発想が直結していく実感そのものが主題です」

 

つながる感覚

この体験は、単に知識が増えたという話ではありません。

本を読んで理解が一つ増える、という足し算ではなく、
離れていたもの同士が突然結びつく感覚でした。

別の分野の知識がつながる
過去の経験と結びつく
言葉にできなかった違和感が輪郭を持つ

そんなことが一気に起きました。

それは、自分の中にある説明書を見つけて、
手動で電気を入れたような感覚でした。

「ただ知るのではなく、自分の中で秩序が見え始めたのだな」

「“わかる”ってより、“つながる”って感じか」

 

きっかけは別の分野だった

この変化を引き起こしたのは、脳科学や精神医学ではありませんでした。

私の場合、きっかけは
言語学や西洋哲学の読書でした。

一見すると直接関係がない分野ですが、
その中で、自分の中の断片がつながっていきました。

つまり、自分を理解する入り口は、
必ずしも「自分の特性の説明」から始まるとは限らないのだと思います。

「……真正面から見ようとすると、逆に見えないこともあるしな」

多様な思考のかたち

 

この体験を通して感じたのは、
人の頭の働き方は一様ではないということです。

順番に整理して理解する人もいれば、
断片が一気につながることで理解が進む人もいる。

私にとっては後者の感覚が強く、
だからこそ一般的な説明では捉えきれない部分がありました。


あとから言葉が追いついた

ニューロダイバーシティという言葉は、
こうした違いを「異常」ではなく「多様性」として捉える考え方です。

けれど私の場合は、
言葉を知る前に体験がありました。

あとからこの言葉を知って、
「自分の中で起きていたことは、こういう見方ができるのか」と感じたのです。

「体験が先にあり、言葉があとからついてきたわけだな」

「はい。概念で理解したというより、体験に名前がついた形です」


まとめ

私にとってのニューロダイバシティ体験とは、

脳や神経の多様性を知識として理解したことではなく、
自分の中に散らばっていた断片がつながり、
思考や感覚のあり方を実感として捉えた体験でした。

「概念ではなく、体験から見えてきた多様性というわけだな」

「それなら納得感が違うな」

まぁ、勝手に本人が言うとるだけやけどな。

リンク先:発達障害者である専門職のインディペンデンス

ニューロダイバシティ体験1

リンク先:発達障害者である専門職のインディペンデンス

ニューロダイバシティ体験2

リンク先:発達障害者である専門職のブログ

発達障害者が生きづらくなったのは弐

フォローする

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました