『どろろ』百鬼丸から考える、感覚特性の基本
「音がうるさい」
「光がまぶしい」
「服のタグが気になる」
「においで気分が悪くなる」
こういう話は、感覚過敏として少しずつ知られるようになってきました。
でも、感覚特性は「感じすぎる」だけではありません。
反対に、感じにくいこともあります。
疲れているのに気づかない。
暑いのに平気で動き続ける。
ケガをしているのに痛みに気づくのが遅い。
空腹や満腹が分かりにくい。
本人の努力不足でも、わがままでも、神経質でもありません。
その人の身体や脳が、どんなふうに世界を受け取っているのか。
そこから見ないと、支援も理解もずれてしまいます。
感覚過敏と感覚鈍麻。
この二つは真逆のようでいて、どちらも**「世界の受け取り方」**に関わっています。

感覚鈍麻を考えるとき、『どろろ』の百鬼丸はかなり分かりやすい
感覚鈍麻の説明をするとき、私は漫画の例が分かりやすいと思っています。
手塚治虫先生の『どろろ』に出てくる百鬼丸です。
百鬼丸は、生まれたときに身体の多くを奪われ、目も耳も皮膚感覚も持たない状態から物語が始まります。
義手や義足、作り物の身体を使って生きているため、普通の人が当たり前に感じている感覚がありません。
目が見えない。
耳が聞こえない。
痛みを感じない。
暑さ寒さも分かりにくい。
これは、単に「不便」というだけではありません。
世界からのサインが入ってこないということです。
痛みがないなら、ケガに気づけない。
熱さが分からないなら、火傷の危険に気づけない。
疲労が分からないなら、限界を超えて倒れるまで動いてしまう。
もちろん、発達障害の感覚鈍麻と百鬼丸の設定は同じではありません。
でも、感覚が鈍いことの怖さをイメージするには、とても分かりやすい例です。
「感じないなら楽でいい」ではありません。
感じないからこそ、守れない。
感じないからこそ、気づけない。
感覚鈍麻の難しさは、ここにあります。

感覚過敏は「入りすぎる」、感覚鈍麻は「入りにくい」
DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)では、自閉スペクトラム症の診断基準の中に、
感覚入力への過敏さ・鈍感さ、または感覚面への独特な関心が含まれています。
具体的には、音や光、触覚への強い反応、痛みや温度への反応の鈍さなどが例として挙げられています。
ICD-11(世界保健機関〈WHO〉の診断分類)でも同様に、
感覚刺激への過敏さ・鈍感さ、または感覚刺激への独特な関心が、自閉スペクトラム症の特徴として含まれています。
つまり、感覚特性は「気にしすぎ」や「性格の問題」ではなく、
発達特性を理解するうえで重要な要素として、国際的にも位置づけられているものです。
感覚過敏は、刺激が強く入りすぎる状態です。
普通の人には気にならない音が、頭に刺さる。
少しの光が、目の奥まで痛い。
服の縫い目が、ずっと皮膚を責めてくる。
においが強すぎて、その場にいるだけで気持ち悪くなる。
一方で、感覚鈍麻は刺激が入りにくい状態です。
痛みに気づきにくい。
疲労に気づきにくい。
暑さ寒さが分かりにくい。
空腹や満腹が分かりにくい。
身体の位置や力加減がつかみにくい。
過敏と鈍麻は、同じ人の中に混在することもあります。
音には過敏だけれど、疲労には鈍い。
服の肌ざわりには敏感だけれど、痛みには鈍い。
においには鋭いけれど、体調の悪化には気づきにくい。
どの感覚が、どの場面で、どう働いているのか。
そこを丁寧に見る必要があります。

感覚特性は、感情や行動に化けて出る
怒る。
泣く。
固まる。
逃げる。
動けなくなる。
こうした形で現れることがあります。
周囲からは「問題行動」に見えても、
その背景に感覚の負荷があることがあります。
配慮の前に、観察と仮説がいる
いきなり配慮する前に、まず見ることです。
どんな場面でしんどいのか。
何が重なると崩れるのか。
どこなら落ち着けるのか。
そこから仮説を立てます。
音かもしれない。
光かもしれない。
においかもしれない。
触覚かもしれない。
疲労の気づきにくさかもしれない。

「いきなり大軍を動かすより、まず相手を見ることだね。」

「観察して、仮説を立てて、試して、違えば修正する。その積み重ねの方が、その人の理解に近づきます。」
支援でも家庭でも、結局この地道さがいちばん効きます。
次回は、感覚ごとの違いと楽にする手を見ていきます
感覚特性は一括りでは見えません。
音、光、におい、触覚。
それぞれでしんどさは違います。



「大切なのは、感覚特性をひとまとめにせず、どの感覚が、どの場面で、どう影響しているかを見ることです。」


「強い光で目がくらむ者もいれば、かすかな音で気を削られる者もいる。においで足が止まり、触れるものに集中を奪われることもある。同じ場に立っていても、受けている負荷はまるで違うということだね。」


「見えない矢だけではない。音で位置を乱され、においで足を止められ、触れた違和感で判断を狂わされる。戦う前から削られているようなものだ。」


「急に戦場の縮尺で語ってはるな。」


「でもまあ、何の刺激でしんどくなってるかが見えたら、やりようもあるだろ。音なら音で、光なら光で、少し楽にする手はある。」
次回は、具体的に「どう楽にするか」を見ていきます。
まとめ
感覚過敏も感覚鈍麻も、わがままではありません。
その人がどう世界を受け取っているかの違いです。
理解し、調整し、活かす。そこから始めれば十分です。
https://xn--65q003o.xyz/sensory-sensitivity-five-senses/次回記事:感覚過敏は我慢しなくていい感覚のしんどさを少し楽にするための工夫と道具


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