仕事のミスマッチ、そして休職
私の夫は、文房具の会社で働いていました。
文房具の倉庫で働いていた時は何も問題なく働けていたのですが、
この倉庫が不況で潰れてしまい、部署異動がありました。
最初は事務職に異動しましたが、倉庫の時には出てこなかった問題が発生しました。
事務には必要である、マルチタスクができないのです。
あまりにも業務ができず、ひたすら電話をかける部署に飛ばされました。
体のいいリストラみたいな感じでした。
発達障害の夫には、電話は非常に恐怖でした。
何百件も電話をかけなければいけないというプレッシャーに負け、
ある日突然休職してしまいました。
家の中でただ何もせずに日々を過ごすよりは、就労移行支援事業所を使って
訓練をした方が良いのではないかと考え、就労移行支援事業所に行かせることにしました。
就労移行支援の関係性の中で取り戻していったもの
その就労移行支援事業所は心理系が強いとうたわれており、
心理系に興味がある夫はSST、アサーション、自己分析など、
興味を持ってカリキュラムに参加していました。
同じような障害の人とも話せて、仲間もでき、夫としては心強かったようです。
夫の中では、会社は辞めるという決心が固かったようで、
休職期間を目一杯使い、傷病手当をもらって退職しました。
その時点で、就労移行支援事業所の本利用が始まりました。
就労移行支援事業所に通所し、スタッフともよく話すようになりました。
就労移行支援事業所の中では、一般枠に先日まで就労していた人、ブランクのない人、
社会人経験が長い人(当時夫は44歳でした)ということもあり、しっかりした人、
という印象を持たれていました。
恐らく今までの会社員生活の中では、障害が足枷となり、
そんな印象を持たれたことはなかったと思います。
スタッフにも利用者さんにも一目置かれ、今までにないくらい楽しい時間を
就労移行支援事業所で過ごしていました。
そうして、半ばリストラに近い形で辞めていった夫も、少しずつ自信を取り戻しました。
就労移行支援事業所で得たものは、その自信と、障害が認められた安堵感でした。
カリキュラムを通し、夫自身、何ができて何ができないのかを見きわめていきました。
趣味を活かせる職場へのマッチング
夫の趣味の中で、ミシンで縫い物をしてポーチ・カバン作りというのがあります。
たまたま私が見つけてきたミニ面談会があり、夫に「ここはどう?」と聞いてみました。
それは、ランドセルを作る会社で、条件が「裁縫のできる人」となっていました。
賃金は正直最低賃金に近いものでしたが、夫の趣味は活かせると思いました。
早速夫はこの求人を就労移行支援事業所の所長のところに持っていきました。
自己PRをするために、A4の用紙に自分の作品の写真を貼っていきました。
履歴書添削をし、面接の練習も何度かして、面接にはスタッフも同行してくださいました。
この面接同行が夫にはとても心強かったと言っていました。
その後実習に進むことができ、実習を見ていただいて、採用されました。
就労移行支援を通じて発達障害者の特性を活かしたマッチング
結局夫は、体験2ヶ月+本利用3ヶ月で就労したことになります。
その後半年の就労定着もして下さいましたが、問題なかったとのことです。
初めて就労移行支援事業所を利用して、障害者雇用になりましたが、
本当にスタッフが手厚くケアをして下さり、会社生活で傷ついたけれど、
自信を取り戻すことができました。
障害者雇用を探すのであれば、ケアの行き届いていて、かつ、障害者雇用の情報の多い
就労移行支援事業所を利用するととても心強いと思います。
うまくマッチングの合う職場を探し出せれば、発達障害者は自分の才能を発揮できるのです。
著者紹介:eyesan
慶應義塾大学文学部 人間関係学科人間科学専攻
慶應義塾大学大学院 社会学研究科
障害者福祉の専門家でもあり、臨床心理士・公認心理師・精神保健福祉士の資格を持っています。
発達障害者の夫を持つ妻です。 家でも外でも発達障害者と向き合うワーキングマザーです。



