前回は、働き方改革について考えました。

リストラの時代は、人を減らすことで会社を守ろうとしました。
けれど、その後に必要だったのは、人を切ることではなく、働き方そのものを変えることだったのではないか。
長時間労働を前提にしない。
一人が仕事を抱え込みすぎない。
休むことや生活することを、働くことの外側に追いやらない。
仕事を分け直し、別の人も担える形にしていく。
その流れの先に、私はワークシェアリングを見ています。
働き方改革。
ワークシェアリング。
障害者雇用。
精神障害者の雇用義務化。
そして、超短時間雇用。
これらは一見、別々の制度や取り組みに見えます。
けれど、私にはそれらが一本の線でつながって見えていました。
人を削って数字を整える時代から、
仕事を分け合い、働ける人を増やす時代へ。
その転換点に、障害者雇用の可能性があるのではないか。
私は、そう考えていました。
ワークシェアリングとは、仕事を分け合うこと
ワークシェアリングとは、簡単に言えば、仕事を分け合うことです。
一人の人が長時間残業をして仕上げていた仕事を、複数の人で分担する。
一人の負担を減らしながら、別の人の働く機会を作る。
そういう考え方です。
もちろん、現実には簡単ではありません。
一人が抱えている仕事を分けるには、業務を整理しなければなりません。
どこまでがその人でなければできない仕事なのか。
どこからは他の人にも任せられる仕事なのか。
手順を見えるようにし、責任の範囲を分け、短時間でも担える仕事にする必要があります。
これは、ただ「人を増やせばいい」という話ではありません。
仕事のかたまりをほどいて、
人に合わせて組み直すことです。
私はここに、障害者雇用につながる大きな可能性を感じています。


残業を減らすだけでは、働き方は変わらない
働き方改革で残業を減らす。
それ自体は大切です。
けれど、残業を減らすだけでは足りません。
仕事量が変わらないまま、労働時間だけを減らせば、現場は苦しくなります。
同じ量の仕事を、より短い時間で終わらせなければならない。
持ち帰り仕事が増える。
サービス残業になる。
管理職や真面目な人にしわ寄せがいく。
それでは、働き方改革ではなく、働き方の圧縮です。
本当に必要なのは、仕事そのものの見直しです。
長時間残業で処理していた仕事を、どう分けるのか。
誰が担える形に変えるのか。
短時間でもできる工程はどこにあるのか。
高度な判断が必要な仕事と、手順化できる仕事をどう分けるのか。
そこまで考えなければ、働き方は変わりません。
そして、その「分け直された仕事」の中に、障害者雇用の入口があるのではないかと私は考えています。
障害者雇用を進めるための、制度上の後押しと責任
障害者雇用は、企業の善意だけに任されている制度ではありません。
法定雇用率を達成する責任があり、未達成であれば納付金の対象になります。
一方で、雇用を進める企業には、助成金や支援制度などの後押しも用意されています。
つまり障害者雇用は、企業に「できればお願いします」と頼むだけの制度ではなく、社会全体で雇用機会を広げるために、責任と支援の両方を組み合わせた仕組みです。
私は、この仕組みに意味があると思っています。
障害者雇用は、本来、企業に罰を与える制度ではないはずです。
企業の中に、これまで見落とされていた仕事を発見する制度でもあるはずです。
一人の社員が抱えすぎていた仕事を分け直し、別の人が担える形にする。
その中で、障害のある人が働ける場所を作っていく。
それは、企業にとっても意味があることです。
仕事が整理される。
手順が見えるようになる。
属人化が減る。
長時間労働を減らせる。
職場の中に、違う働き方を受け入れる余地が生まれる。
障害者雇用は、単に「雇わなければならない人数」を満たすための制度ではありません。
企業の働き方を変えるためのきっかけにもなり得る。
私はそこに期待していました。
日本でのフィールドは、どこにあるのか
では、日本でワークシェアリングと障害者雇用を結びつけるフィールドはどこにあるのでしょうか。
私は、まず企業内の業務の切り出しに可能性があると思っています。
たとえば、これまで社員が残業で処理していた事務作業。
バックヤードの整理。
書類のチェック。
備品管理。
清掃や軽作業。
データ入力。
定型的な確認作業。
店舗や事業所の中で、誰かが片手間に抱えていた仕事。
そうした仕事は、企業の中にたくさんあるはずです。
もちろん、障害のある人なら誰でもできるという話ではありません。
診断名だけで仕事を決めることもできません。
発達障害、精神障害、知的障害、身体障害といっても、一人ひとりの得意不得意は違います。
けれど、仕事を細かく見直せば、誰かが担える形に変えられる作業はあるはずです。
長時間の勤務は難しくても、短時間なら安定して働ける人がいる。
対人調整は苦手でも、決まった手順の作業なら力を発揮できる人がいる。
騒がしい環境は苦手でも、静かな場所なら集中できる人がいる。
毎日は難しくても、週に数回なら働ける人がいる。
仕事を人に合わせて分け直す。
それができれば、障害者雇用はもっと広がるはずです。


週40時間、年間12か月働くモデルだけでは足りない
日本の働き方は、長く「週40時間、年間12か月働く」ことを標準としてきました。
もちろん、この働き方で安定して働ける人もいます。
フルタイムで働き、会社の中心的な業務を担い、生活を支えていく。
それ自体は大切な働き方です。
しかし、それだけを標準にしてしまうと、その枠に合わない人がこぼれ落ちます。
週40時間は難しい。
毎日は難しい。
朝から夕方まで働き続けるのは難しい。
体調の波がある。
緊張が続くと疲れ切ってしまう。
職場の音や人間関係で消耗してしまう。
そういう人たちは、「働けない人」なのでしょうか。
私はそうは思いません。
働けないのではなく、
今ある働き方の枠に合っていないだけかもしれない。
短い時間なら働ける。
限定された業務なら力を出せる。
環境が整えば続けられる。
支援者や上司が理解してくれれば安定する。
そうした人たちが、従来のフルタイムモデルだけを基準にして、働く場から外されてしまうのは、あまりにも惜しいことです。
精神障害者の雇用義務化で、働くフィールドは広がるのか
精神障害者の雇用義務化で、働くフィールドは広がるのか
2018年4月、精神障害者が障害者雇用義務の対象に加わりました。
これは、当事者としても支援者としても、大きな意味のある変化でした。
これまで身体障害、知的障害が中心だった障害者雇用のフィールドに、精神障害のある人たちも本格的に位置づけられていく。
その流れの中で、発達障害者が働けるフィールドも広がっていくのではないか。
私はそこに期待していました。
しかし、ふたを開けると「障害者雇用率のごまかし」が発覚しました。
「やっぱり、国や企業はまともに障害者雇用に向き合うつもりがないのか」
そう落胆した人も多かったと思います。
けれど私は、それだけで終わらせたくありません。
発達障害者や精神障害者の強みを活かす職場環境づくりは、さまざまな企業で少しずつ努力され、広がり続けているとも感じています。
障害者雇用は、嘘やごまかしだけで語れるものではありません。
実際に、企業の中で障害者雇用の環境を作ろうとしている人たちもいます。
職域を開拓し、特性を理解し、本人の力が発揮される場を作ろうとしている実践もあります。
だからこそ、私は問いたいのです。
制度ができたことだけで、障害者雇用は進んだと言えるのか。
雇用率を満たすことだけで、働くフィールドが広がったと言えるのか。
企業の中に、本当に働く場が作られているのか。
精神障害者の雇用義務化は、大きな一歩でした。
けれど、その一歩を本当の雇用機会につなげるには、制度を数字合わせで終わらせない姿勢が必要です。
そして、その雇用機会を考えるうえで、避けて通れないのが「週20時間以上働けること」という壁です。
企業の中に、本当に働く場が生まれているのか。
本人の力を活かせる仕事が作られているのか。
長く働き続けられる環境が整えられているのか。
そこまで見なければ、障害者雇用は本来の意味を失ってしまいます。
障害者雇用のフィールドに立つ最低要件
障害者雇用には、働く時間の問題があります。
制度上、一定の労働時間を満たすことで、障害者雇用率の算定対象になります。
この労働時間の基準は、企業にとっても本人にとっても大きな壁になります。
特に、精神障害者や発達障害者の中には、週20時間以上働くことが難しい人がいます。
体調の波。
睡眠の不安定さ。
人間関係の疲れ。
緊張の持続。
感覚過敏。
通勤による消耗。
仕事そのものよりも、職場にいることへの負荷。
そうした要因によって、短時間なら力を発揮できても、週20時間を超えると崩れてしまう人がいます。
ここに、障害者雇用の大きな課題があります。
働く力はある。
でも、制度のフィールドに立つための時間数に届かない。
そうすると、一般雇用ではなく福祉的就労に回ることになる。
結果として、賃金や社会参加の幅に大きな差が生まれる。
私は、この「週20時間の壁」を非常に大きな問題だと感じています。
この話は、次回の中心になります。


丁度良い仕事のシェアへ
働き方改革で残業を減らす。
その仕事を、誰か一人に押しつけるのではなく、分け合う。
分けた仕事の中に、短時間でも担える役割を作る。
そこに、障害者雇用の入口を見つける。
私は、これを「丁度良い仕事のシェア」として考えています。
一人の人が無理をして抱え込む仕事ではなく、
誰かが短い時間でも関われる仕事。
企業の外に追いやるのではなく、企業の中に作る仕事。
ただ雇用率を満たすためではなく、本人の力が活かされる仕事。
障害者雇用は、そのための大切なフィールドになるはずです。
当時の私は、障害者雇用を支援する民間サービスにも期待していました。
企業の中に障害のある人の働く場を作るには、企業だけの努力では難しい部分があります。本人の特性を理解し、職場との間をつなぎ、定着まで支える存在が必要です。
だからこそ、障害者雇用を専門に支援するサービスが、企業の中に新しい働くフィールドを切り開いてくれるのではないか。私はそう考えていました。
その期待は、今も完全に消えたわけではありません。
ただ、だからこそ、障害者雇用が単なる数字合わせや外部化された仕組みに変わってしまうことには、強い違和感があります。
次回は、週20時間の壁と、超短時間雇用、そしてスペシャリティを活かす働き方について考えていきます。




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