2019年記事「ニューロダイバイティ体験」を現在の経験値で俯瞰する。
2019年当時の私は、不眠が続くと、知識と知識が異様な勢いでつながっていく感覚を経験していました。
それは、ただ「頭が冴える」とか「少し集中できる」といったレベルの話ではありませんでした。
一つの言葉から別の概念へ、別の概念から過去の読書体験へ、そこから社会の構造や哲学や歴史認識へと、脳の中で線と線が爆発的につながっていくような感覚でした。
縦にも、横にも、斜めにも、ありえない速度でつながっていく。
普段なら別々に置かれていた知識の断片が、深夜の覚醒の中で、ひとつの巨大な回路みたいに一気に組み上がっていく。
点だったものが線になり、線だったものが面になり、ばらばらだった情報がひとつの世界観として立ち上がってくる。
そんな感覚が、確かにありました。
当時の私は、その状態を自分なりに「ニューロダイバイティ体験」と呼んでいました。
もちろん、これは学術用語ではありません。
あくまで当時の私が、自分の中で起きていることを何とか言葉にしようとしてつけた、個人的な造語です。
それでも、そのくらい普通ではない手応えがありました。
二日近く眠れない。
それなのに、疲れ果てて止まるどころか、逆に脳は妙に冴えてくる。
知識の回転数が上がり、連想が止まらず、次々に文章が書ける。
本を読んできた時間、考え続けてきたこと、社会への違和感、人間への問い、福祉への問題意識が、ひとつの流れとしてつながっていく。
当時の自分にとって、それはかなり衝撃的な出来事でした。
「これは何か特別な地点に入っているのではないか」
「自分の脳が、普段とは違う回路で動いているのではないか」
「今、自分は世界の深い構造を一気に見ているのではないか」
そんなふうに、本気で感じていました。
知識がつながるだけではありません。
つながった知識が、自分の中で妙に“真理っぽく”見えるのです。
社会の構造も、歴史の流れも、哲学の言葉も、福祉の課題も、全部が一枚の地図の上に置き直されたように見える。
「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間が何度もある。
自分の中で、世界の理解が一気に加速していく感覚がありました。
あの頃の私にとって、それは単なる体調不良ではありませんでした。
むしろ、知識の爆発的結合であり、ある種の到達感に近いものでした。
ただ、今の私は、その体験を別の角度から見ています。
あのときのインパクトは本物でした。
知識がつながっていく感覚も、本人にとってはまぎれもなくリアルでした。
夜の中で、自分の脳の配線が変わってしまったような、あの異様な手応えも、確かにあったのだと思います。
けれど今振り返ると、その背景には、過集中による睡眠障害と、反動による著しい失速が、はっきりありました。
つまり、あの強烈な体験は、何か神秘的な才能の発露というより、
過覚醒の中で思考と連想が加速していた状態
として理解できるのです。
当時は、加速している最中の自分しか見えていませんでした。
眠れていないのに妙に冴えている。
文章がどんどん出る。
考えが止まらない。
関連が見える。
世界がつながる。
自分でも「かなり見えている」と思う。
しかし、そのあとに来るものは、静かな成熟ではありませんでした。
反動です。
頭が回らない。
身体が重い。
意欲が急にしぼむ。
さっきまでつながっていたはずの思考が、嘘のように遠のく。
書いたものの大半を忘れていたり、勢いで突っ走った部分に後から気づいたりする。
高く飛んでいたようでいて、実際には乱高下していただけだった。
そのことを、当時の私はまだ十分に言語化できていませんでした。
だからこそ、上昇局面のインパクトだけが強く記憶に残り、「ニューロダイバイティ体験」という造語で掴もうとしていたのだと思います。
でも今ならわかります。
あれは単に「すごい体験」だったのではありません。
エネルギー量が急上昇し、急降下する体験だったのです。
しかも厄介なのは、その上昇局面が、本人にも周囲にも「調子がいい」と見えやすいことです。
よく考えているように見える。
よく話せるように見える。
洞察が深まっているように見える。
本人も手応えがある。
だから危うさが見えにくい。
けれど実際には、睡眠が削られ、生活の土台が崩れ、あとから大きな失速が来る。
その意味で、あれは魅力的であると同時に、かなり危うい体験でもありました。
私はその後、支援現場に立つようになってから、似たような経過をたどる方々に数多く出会いました。
ある時期には非常に活動的になる。
話が止まらない。
考えもよく出る。
アイデアも湧く。
調子が上がっているように見える。
けれど、その裏で睡眠が崩れている。
休めていない。
生活リズムが乱れている。
そしてしばらくすると、反動で通所や就労が不安定になる。
その経過を何度も見ていく中で、私はようやく昔の自分の体験を別の意味で理解できるようになりました。
あの頃の危うい体験は、単なる黒歴史ではなかった。
同じようにエネルギー量のコントロールに苦しむ人を理解するための、非常に具体的な手がかりだったのです。
私は今、当時の自分を美化したいわけではありません。
不眠や過覚醒は、支援の現場でも注意深く見立てるべき状態です。
生活や就労を不安定にしやすく、本人にも大きな負担をかけます。
それでも、あの強烈な体験を通ったからこそわかることがあります。
本人は、危ないと思っていないことがある。
むしろ「今の自分はいけている」と感じていることがある。
世界がつながって見える。
頭が冴えているように思える。
手応えがある。
だからこそ、その危うさは見逃されやすい。
けれど、本当に見るべきなのは、その瞬間の勢いだけではありません。
そのあとに何が起きるかです。
眠れているか。
生活が保てているか。
翌週も動けるか。
翌月も継続できるか。
そういう視点を持つことの大切さを、私は自分の体験から学びました。
当時の私は、その状態に名前をつけることで理解しようとしていました。
今の私は、その状態を経過として捉え、支援の言葉に置き換えようとしています。
あの頃の「ニューロダイバイティ体験」という造語には、未整理で危うい部分もありました。
でもそこには、本人にしかわからないリアルも確かに含まれていました。
そのリアルを、今の私は切り捨てたくはありません。
むしろ、あのときの臨場感を残したまま、
それが何だったのかを現在の経験値で読み解き直すことに意味があると思っています。
危うかったからこそ、わかることがある。
崩れたからこそ、安定の価値がわかる。
加速したからこそ、平均化の必要性がわかる。
私にとって、あの体験はそういうものになりました。
次の記事では、この体験が実際の就労支援にどうつながったのか、そしてなぜ私は「活動量の平均化」こそが支援の鍵になると考えるようになったのかを書きたいと思います。

