前回は、1990年代末以降のリストラの時代に、発達障害者や精神障害者がどこへ押し出されていったのかを考えました。
経営危機にあった企業を立て直すために、人員削減や成果主義が進められた。
その一方で、発達障害や精神障害への理解はまだ十分ではなく、働きづらさを抱えた人たちは、自分の困難を説明する言葉も、支援につながる道も持たないまま、職場の中で必死に耐えていたのではないか。
今回は、リストラされることを恐れながら、会社に残って働き続けた人たちに目を向けたいと思います。
社会から切り離される恐怖の中で
信じて尽くしてきた会社から、同僚が突然いなくなっていく。
その姿を見ながら、会社に残った人々の心境はどうだったのでしょうか。
「切られた人は能力がなかった」
「会社も生き残るためだから仕方がない」
「自己責任だ」
そう言いながらも、自分自身もまた、いつ同じ立場になるかわからない。
そのような環境の中で働き続けることは、どれほどの重圧だったのでしょうか。
小さなミスも許されない。
体調が悪くても休みにくい。
家族との時間を削ってでも、会社にしがみつかなければならない。
気を抜けば、自分も「不要な人材」と見なされるかもしれない。
そのような恐怖と緊張の中で、多くの人が働いていたのだと思います。
そして、その中で発達障害者や精神障害者は、より強く追い詰められていたのではないでしょうか。
当時の日本には、発達障害を職場で伝え、周囲の理解を得ながら働くという選択肢は、ほとんどありませんでした。
発達障害を診断できる医療機関も限られ、精神障害への偏見も根強く、職場で自分の困難を説明することは簡単ではありませんでした。
「障害がある」と認めること自体が、働く場を失う恐れにつながる。
そう感じていた人も少なくなかったはずです。
だから、多くの人は、コミュニケーションの苦手さをごまかしながら、ミスを責められながら、「変わった人」と言われながら、必死に働き続けていたのだと思います。

休むことも、打ち明けることもできなかった人たち
そのような環境で、うつ病を併発してしまった人もいたはずです。
しかし、休むことができない。
打ち明けることもできない。
「しんどい」と言えば、評価が下がるかもしれない。
「働けない」と見なされれば、職場にいられなくなるかもしれない。
そうして、心と体の限界まで働き続けた人がいたのではないでしょうか。
私は、ここに大きな問題を感じています。
人は、本来、壊れる前に休めなければなりません。
支援につながる前に、力尽きてしまってはいけません。
けれど当時は、職場の中で苦しさを言葉にすることが、今以上に難しかった。
特に、発達障害や精神障害のある人たちは、自分でも何がつらいのか整理できないまま、職場の中で孤立していた可能性があります。
仕事のミス。
対人トラブル。
環境変化への弱さ。
疲れやすさ。
感情の揺れ。
うまく説明できない困難。
それらは「努力不足」「甘え」「協調性がない」と見られやすく、本人の特性や支援ニーズとして理解されることは少なかったのだと思います。
切り捨ての時代が残したもの
1997年を境に、日本の自殺者数は3万人を超える水準となり、その後も長く高い水準で推移しました。
この数字だけで、リストラや成果主義との因果関係を断定することはできません。自殺の背景には、経済不況、雇用不安、長時間労働、職場ストレス、病気、家庭の問題、孤立など、さまざまな要因が重なります。
それでも、1990年代末以降、働く人のメンタルヘルスや雇用不安が大きな社会課題になっていたことを考えるうえで、自殺者数の推移は無視できない背景資料です。
厚生労働省の「こころの耳」では、メンタルヘルスケアを、すべての働く人が健やかに、いきいきと働けるような気配りと援助、そしてそれを実践する仕組みづくりとして説明しています。これは、健康な人だけでなく、過剰なストレス状態にある人や、ストレス関連疾患・精神障害の症状を呈している人も含めて、その状態に合ったケアを考えるものです。
この考え方は、かつての「耐えられない人が悪い」という空気とは、まったく違います。
働く人の心の問題は、本人の弱さだけで片づけるものではない。
職場環境、業務量、人間関係、休みやすさ、相談しやすさ、復職の仕組み。
そうしたものを含めて、会社や社会が考えなければならない。
その方向へ社会が動き始めたこと自体は、私は大切な変化だと思います。

メンタルヘルス対策は進んでいった
働く人のメンタルヘルス対策は、その後、少しずつ制度として整えられていきました。
2013年度からの第6次医療計画では、精神疾患が新たに加えられ、5疾病5事業として精神科医療連携体制の構築が進められてきました。
また、ストレスチェック制度は、2015年12月1日から施行され、労働者に対する心理的負担の程度を把握する検査や、医師による面接指導などを事業者に求める仕組みとして始まりました。
これは、働く人の心の問題を、個人の我慢や根性だけに任せない方向への変化です。
ストレスがかかりすぎない職場環境をつくること。
不調に早く気づくこと。
休業や復職の流れを整えること。
本人だけでなく、職場全体で支える仕組みを考えること。
そうした対策が必要だと、社会が認めるようになっていったのです。
私は、この変化を素直に大切なものだと思っています。
かつては「使えない人」と切り捨てられていたかもしれない人が、
「職場環境との相互作用で不調になっている人」
「支援や調整があれば働き続けられる人」
として見られる可能性が広がったからです。
それは、発達障害者や精神障害者にとっても大きな意味があります。
だからこそ、問い直したいことがある
だからこそ、私は問いたいのです。
あのリストラの時代を、働く人のメンタルヘルスという観点から見直すと、何が見えてくるのでしょうか。
当時、企業の短期的な利益や経営再建のために、多くの人が職場から押し出されました。
しかし、その中には、働く意欲がなかった人だけではなく、環境や配慮があれば力を発揮できた人もいたはずです。
発達障害や精神障害の理解が乏しかった時代。
職場のメンタルヘルス対策も十分ではなかった時代。
就労困難を抱えた人を支える仕組みも、今ほど整っていなかった時代。
その中で行われたリストラは、単なる経営判断としてだけで済ませてよいのでしょうか。
私は、そこに強い違和感を持っています。
もちろん、経営危機にある企業が改革を必要としたこと自体を否定するわけではありません。
倒産すれば、より多くの人が職を失うこともあります。
企業経営には厳しい判断が求められる場面もあるでしょう。
それでも、当時の日本社会には、働きづらさを抱えた人を受け止める制度や文化があまりにも足りませんでした。
だから、私はリストラの時代を、ただの企業再建の成功物語として見ることができないのです。
失われたのは、人件費だけではなかった
リストラで削られたのは、人件費だけではありません。
経験。
技術。
人間関係。
その人が時間をかけて身につけてきた勘。
すぐには利益にならなくても、将来につながる可能性。
そうしたものも、一緒に失われていったのではないでしょうか。
当時のリストラの中には、研究開発や将来技術に関わる人材も含まれていました。
目先の数字では「今すぐ利益を生まない」と見なされたものの中に、本当は企業の未来を支える可能性があったかもしれません。
これは、発達障害者や精神障害者の働き方にもつながります。
すぐに安定して働けるわけではない。
コミュニケーションに課題がある。
環境変化に弱い。
一方で、特定の領域に強みがある。
集中力、発想、継続力、観察力、記憶力、細部への気づきなど、環境が合えば力を発揮できる。
そうした人たちを、短期的な効率だけで判断すれば、社会は多くの可能性を失います。
私は、そこを問題にしたいのです。
「コストカット」だけでは、人は働き続けられない
リストラという政策は、当時の日本社会にとって、大きな転換点だったのだと思います。
それは、ある意味では日本人だけでは踏み切れなかった大改革だったのかもしれません。
しかし、発達障害者を含む就労困難者へのサポートも十分ではなく、精神障害への偏見も根強かった当時の日本で、それを進めるには、あまりにも受け皿が足りなかった。
人を減らすことはできます。
コストを削ることもできます。
数字を改善することもできるかもしれません。
けれど、人が安心して働き続けられる環境を壊してしまえば、社会全体に大きな負担が残ります。
働く人の心を壊さないこと。
不調を抱えた人を早く支えること。
環境調整や休職・復職の仕組みを整えること。
特性がある人でも、その人に合った働き方を考えること。
現在進められているメンタルヘルス対策は、そうした方向へ社会が少しずつ進んできた証でもあります。
だからこそ、私は思います。
社会は、もう一度「コストカット」だけで人を評価する働き方から離れていくべきです。
人を切ることで会社を守るのではなく、人が働き続けられる仕組みをつくることで、会社と社会を守るべきです。

次回へ
今回は、リストラの時代に会社へ残された人たちの重圧と、その後に進んでいったメンタルヘルス対策について考えました。
職場で心を壊してから支援するのではなく、壊れにくい働き方をどうつくるのか。
働く人を「使えるか、使えないか」で見るのではなく、どのような環境なら力を発揮できるのかを考えること。
その問いは、働き方改革やワークシェアリングへつながっていきます。
次回は、リストラの時代の後に見えてきた「働き方改革」の可能性について考えていきます。
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