妻が見捨てなかったから、家庭はまだ終わっていない。
目次
第1話では、私が「毒親と呼ばれないように」と考えるようになった背景を書きました。
私は、家庭というものをよく知らないまま父になりました。
最初の結婚では、生活者としても、夫としても、父としても未熟で、親であることを続けられなくなりました。
再婚後は、同じことを繰り返したくないという思いで、前の家庭でできなかったことに一つずつ向き合おうとしてきました。
第2話では、その努力がいつの間にか独りよがりになっていたことを書きました。
私は、子どものために動いているつもりでした。
学校と話し合い、環境を整え、子どもが困らないように考えているつもりでした。
けれど、家庭の中で妻と足並みをそろえることができず、結果として子どもに混乱を与えてしまいました。
今、私はその現実の先にいます。
家庭は、まだ終わっていません。
でも、元に戻ったわけでもありません。
まだ途中です。
まだ再建の過程です。
子どもとの距離を考えて、今は家を出ている
今、私は子どもとの距離感を考えて、家を出て暮らしています。
それは、家庭を手放したということではありません。
父であることをやめたということでもありません。
むしろ、子どもが安心できる距離を守りながら、もう一度、親子3人の暮らしに戻るための時間だと思っています。
近づきたい気持ちはあります。
父として関わりたい気持ちもあります。
けれど、その気持ちをそのまま押し出せば、子どもにとっては負担になることもあります。
これまでの私は、子どものために動いているつもりで、自分の思いや考えを前に出しすぎていました。
だから今は、距離を取ることにも意味があるのだと思っています。
子どもが安心できること。
子どもの気持ちが少しずつ整うこと。
父との関係を、急がずに考えられること。
そのために、今は離れて暮らしています。
もちろん、その時間が楽なわけではありません。
家族と離れて暮らす時間は、自分の失敗を突きつけられる時間でもあります。
直接できることが限られていることに、何度も苦しくなりました。
一時は、その孤独な時間が辛くて仕方がありませんでした。
それでも今は、この時間を、ただ苦しむだけのものにはしたくないと思っています。
子どもとの距離を守りながら、自分を立て直す時間にしたい。
そう思うようになりました。

私は、子どもへの関わり方を間違えてきた
私は、子どもへの関わり方を間違えてきました。
怒りの衝動を抑えきれず、子どもを怖がらせてしまったことがありました。
自立を促しているつもりで、実際には突き放すような関わりになっていたこともありました。
家庭の中で妻と向き合うよりも、家庭の外に自分の考えを整理する場を求めすぎていた時期もありました。
子どものために考えているつもりで、子どもにとって安心できる家庭の土台を揺らしてしまっていたのだと思います。
そのことは、今の私にとって大きな反省です。
第2話でも書いたように、私は妻と足並みをそろえることができていませんでした。
妻が日々子どもと向き合い、感じ取り、母として関わっていく機会を、私が奪ってしまったところもありました。
学校や外の環境を整えようとする一方で、家庭の中にある一番大切な足並みを見失っていました。
父と母の方針がそろわない。
家庭の中に安心できる軸がない。
どちらの話を聞けばいいのかわからない。
その混乱は、子どもにとって大きな負担だったと思います。
妻は、私を父として必要だと言ってくれた
それでも妻は、私を見捨てませんでした。
私は、たくさん空回りしてきました。
子どものためにと思って動きながら、結果として子どもに混乱や負担をかけてしまいました。
妻自身が教育的に関わる機会を、私が奪ってしまったところもありました。
それでも妻は、私の子どもへの愛情まで否定しませんでした。
関わり方には間違いがあった。
けれど、子どもへの愛情は本物だった。
いつも必死に子どものために考え、動こうとしていた。
いいお父さんだと思っている。
妻は、そう言ってくれました。
そして、子どもの父は僕以外にはありえないとも言ってくれました。
これは、私にとって本当に大きな言葉でした。
自分がしてきたことを振り返るほど、父としてそこに居続けてよいのかと考えてしまいます。
父として必要とされる資格があるのか。
このまま家族の中に戻ることを望んでいいのか。
子どもにとって、自分は負担でしかないのではないか。
そう考えてしまうこともありました。
けれど妻は、私を父として切り離しませんでした。
子どもとの距離を測りながらも、私を家庭の外に捨て置くのではなく、父としてどう関わっていくのかを一緒に考え続けてくれています。
妻が私を見捨てず、父として必要だと言ってくれたからこそ、今も家庭は終わらずに済んでいます。
別に暮らしてから、夫婦の会話は前よりも密になった
別に暮らすようになってから、夫婦のコミュニケーションは、同居していた頃よりも密になりました。
同じ家にいた頃の方が、物理的には近くにいました。
けれど、子どもの教育方針については、うまく話し合えないことが多くありました。
話してもすれ違う。
すれ違うから、また話すことを避ける。
避けるうちに、お互いが何を考えているのか分からなくなる。
そんなことを繰り返していました。
今は、直接子どもに関われることは限られています。
けれど、間接的には、いつも子どものことを話し合っています。
子どもの心をどう癒していくのか。
気持ちをどう整えていくのか。
今は何を急がず、何を見守るのか。
その先に、どうすれば希望ある未来へ向かえるのか。
そうしたことを、妻と話し合うようになりました。
以前の私たちは、子どものことを思っていなかったわけではありません。
妻も私も、子どものことを大切に思っていました。
ただ、お互いの考えを、相手に伝わる形でうまく言語化できていませんでした。
私は私で、知識や理屈を前に出しすぎていました。
妻は妻で、日々子どもと向き合う中で感じていることがありました。
けれど、それを互いにわかる言葉にできず、考えが合わないように見えていました。
その結果、話し合ってもすれ違う。
すれ違うから、また話し合うことを避ける。
そうして、夫婦の方針はそろわないままになっていました。
夫婦で、子どもを見る方針を立て直している

今、再建の中心にいるのは妻です。
妻は、子どもの表情や気持ち、日々の変化を一番近くで見ています。
今は何に傷ついていて、何なら受け取れそうなのか。
どの距離なら負担にならず、どの関わりなら少し前に進めるのか。
その見立ては、妻にしかできないものです。
一方で、私にも父としての役割があります。
直接の関わりが限られていても、子どもの経過を一緒に整理すること。
学校や支援機関、社会資源の使い方を考えること。
子どもが気持ちを整えるためのツールや方法を提案すること。
妻だけが抱え込まないように、父として方針を一緒に考えること。
私は、そうした形で子育てに関わり直しています。
以前の私は、妻と足並みをそろえず、自分の考えを前に出しすぎていました。
今は、妻が見ている子どもの姿と、私が整理できる支援や環境調整の視点を合わせながら、夫婦で一つの方針を作るようにしています。
夫婦の方針を整理するうえで、AIも大きな助けになりました。
私も妻も、子どものことを思っていながら、互いの考えを相手に伝わる形に言語化できていませんでした。
AIを使うことで、父としての見立て、母としての見立て、子どもの今の状態、急がないこと、諦めないことを整理し、夫婦で共有できる形にまとめることができました。
もちろん、AIが子育てをしているわけではありません。
AIが家庭を再建しているわけでもありません。
実際に子どもを見守り、方針を選び、関わっているのは私たち夫婦です。
ただ、私たちがうまく言葉にできなかった思いや見立てを、共有できる形に整理してくれたことは大きかったと思います。
そのことで、父と母が同じ見解で子どもを見守れるようになってきました。
間接的な関わりであっても、統一した方針をメールで送り、同じ見解で子どもを見守ることができるようになりました。
父と母が別々の方向を向くのではなく、同じ見解で子どもを見る。
そのことが、子どもにとっても大きかったのだと思います。
止まっていた時間が、少しずつ動き出しました。
子ども自身も頑張れたと思える時に、親子3人で過ごすことができるようになってきました。
その頑張りを労うように、子どもが喜ぶことを一緒にできる時間も生まれてきました。
まだ、元通りになったわけではありません。
でも、止まっていたものが少し動いた。
それだけでも、私にとっては大きな前進でした。
子どもの時間を急がせない
子どもの心が癒えるには、まだ年月がかかると思います。
急いで元に戻そうとしてはいけない。
こちらの希望だけで距離を詰めてはいけない。
子どもには、子どもの時間があります。
今、親子3人で過ごせる時間が生まれてきたからといって、それで全部が解決したわけではありません。
子どもが頑張れた時。
少し前に進めた時。
安心して過ごせそうな時。
そういう時に、無理のない形で一緒に過ごす。
その積み重ねが、今の私たちにできることなのだと思います。
私は、父として関わりたい気持ちがあります。
でも、その気持ちを子どもに押しつけてはいけません。
会いたい。
話したい。
関係を戻したい。
そう思うほど、焦りが出ます。
けれど、焦りは子どものためになりません。
今は、妻が子どもの様子を見ながら距離を測ってくれています。
私はその見立てを聞きながら、関わるタイミングや関わり方を考えています。
以前の私は、一人で考えて、一人で前に出ようとしていました。
今は、妻と話し合いながら、夫婦で方針をそろえた上で、父としての関わりを作り直そうとしています。
かつて諦めた調理に、今もう一度向き合っている

子どもとの距離を考えて家を出ている今、私はただ待っているだけではいけないと思っています。
もう一度、家庭の中に戻れるかどうかだけを考えるのではなく、戻るに足る自分へ少しずつ変わっていくこと。
そのために、できなかったことに向き合い直しています。
第1話でも書いたように、私は長い間、調理だけはできないものとして避けてきました。
20年以上前に一人暮らしを始めた時、私は調理に挑戦しました。
けれど、当時の料理本に出てくる「少々」や「適量」という言葉がわかりませんでした。
どのタイミングで調味料を入れるのか。
どれくらい混ぜればいいのか。
火加減はどこまでなのか。
そうした基本がわからないまま失敗し、丸焦げでカチカチの野菜炒めを最後に、私は「自分は調理ができない人間だ」と思い込んでしまいました。
そのまま長い間、調理は自分にはできないものとして避けてきました。
でも今は、AIに手順や分量を具体的に整理してもらいながら、少しずつ調理に向き合えるようになっています。
今ある食材を伝える。
手順を一つずつ分けてもらう。
「適量」ではなく、具体的な量で確認する。
火加減や時間も、その場で確認する。
そうすることで、私は調理に取り組めるようになったのです。たまにではなく、毎日毎日一人では惣菜も外食も買わず、仕事と生活を両立しながら調理を継続できているのです。
これは、ただ料理ができるようになったという話ではありません。
昔の私が「できない」と決めつけて、家庭の中で妻に背負わせてきたことに、今になってもう一度向き合っているということです。
父として。
夫として。
生活者として。
私はまだ、身辺の自立を学び直している途中です。
調理に向き合うことは、私にとって小さな家事の話ではありません。
できないと決めつけて逃げていたことに、もう一度向き合うことです。
妻に任せてきたことを、自分の課題として引き受け直すことです。
家庭に戻りたいと願うなら、その前に生活者としての自分を育て直すことです。
その意味で、今の生活は、私にとって自立の訓練でもあります。
孤独な時間を、自立と成長の時間に変える
一時は、家を出ている時間が辛くて仕方がありませんでした。
家族と離れて暮らすこと。
子どもに直接関われないこと。
妻に家庭の多くを背負わせていること。
その現実が、何度も胸に刺さりました。
けれど今は、その時間をただ孤独として過ごすのではなく、自分を変える時間にしたいと思っています。
心身を自立させること。
自分の特性に向き合うこと。
衝動に流されないこと。
生活者として、父として、できなかったことを一つずつ学び直すこと。
それが今の私に必要なことです。
私は、子どもにすぐ理解してほしいとは思っていません。
私がどれだけ反省していても、子どもには子どもの感じ方があります。
私がどれだけ変わろうとしていても、それを受け取るかどうかは子どもの自由です。
それでも、私は変わりたいと思っています。
子どもに理解されるためだけではありません。
妻に許されるためだけでもありません。
自分の人生を、もう一度きちんと引き受けるためです。
そして、いつか親子3人が、それぞれに自立し、成長した先に、より良い家族として再生できる時に臨むためです。
私が遍歴を書き残す理由

同時に、私は自分の生きてきた道を書き残していきたいと思っています。
それは、子どもに理解を迫るためではありません。
私の正しさを証明するためでもありません。
「こんなに頑張ったのだからわかってほしい」と求めるためでもありません。
たとえ今、子どもに通じなくても。
たとえこの先も、すぐには届かなくても。
いつか子どもが、自分のルーツを知りたいと思う時が来るかもしれません。
父がどんな人間で、どんな失敗をし、何を悔い、何を学び、何を願って生きてきたのか。
それを知りたいと思う日が、もしかしたら来るかもしれません。
その時に、私の遍歴が残っていてほしい。
私は立派な父親ではありませんでした。
正しいことばかりできたわけでもありません。
むしろ、失敗し、空回りし、大切な人を傷つけながら、ようやく気づいてきた人間です。
それでも、必死に生きてきました。
親として、夫として、生活者として、何度も遅れながら、何度も間違えながら、それでも何とか置いていかれまいとして生きてきました。
今の私たちは、以前と同じ家族に戻ろうとしているのではないのだと思います。
父も、母も、子どもも、それぞれに傷つき、立ち止まり、そこからもう一度、自立と成長に向かおうとしています。
私は、自分の特性や衝動に向き合いながら、生活者として、父として、できなかったことを学び直しています。
妻は、家庭のかなめとして、子どもと私の間をつないでくれています。
一人で矢面に立ちながら、日々の生活も抱え、子どもと向き合い、受け止め、必要な時には教育的な関わりを一歩ずつ進めています。
その姿を見るたびに、母として本当に成長しているのだと感じます。
妻は、ただ家庭を守っているだけではありません。
子どもの気持ちを見ながら、父との距離を測り、必要な時には私にも助言し、家族3人がもう一度つながれるように、家庭の中心で踏ん張ってくれています。
子どももまた、自分の力で少しずつ前に進もうとしています。
私との関わりを避けることで、移動面や経済面など、不便を抱えることもあります。
それでも、自分でできることを増やし、自分で行動することを増やしています。
最近は本をたくさん読むようになり、自分の世界を広げながら、自分の考えを整理しようとしているようにも見えます。
私は、その成長を急がせたくありません。
父として近づきたい気持ちはあります。
けれど、子どもが自分の力で世界を広げ、自分の言葉で気持ちを整理していく時間も大切にしたいと思っています。
家庭は、まだ終わっていません。
けれど、元に戻ったわけでもありません。
この先どうなるかは、まだわかりません。
子どもの心が癒えるには、年月がかかると思います。
家族3人の暮らしに戻るにも、焦ってはいけないと思います。
それでも私は、父と母と子どもが、それぞれに自立し、成長した先に、以前と同じではない、より良い家族として再生できる日を目指したい。
その日に向けて、自分の経験を超え、自分を変えながら、父として成長していきたいと思っています。
そして、その過程を、これからも書き残していきます。
失敗も、悔いも、学びも、ただの傷で終わらせないために。
いつか子どもが、自分のルーツを知りたいと思った時に、父がどんなふうに迷い、間違え、それでも何を願って生きてきたのかをたどれるように。
そして、父だけではなく、母も、子どもも、それぞれに傷つき、立ち止まり、それでももう一度成長しようとしてきたことが残るように。
私はこれからも、私の遍歴とともに、家族の再生の遍歴を残していきたいと思っています。
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