発達障害者はググればいい

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サイト開設10日でやっと1000PVです。まだまだ目標には遠いです。

独学でサイト構築を学びながら、基本的なところを手直ししつつの更新です。

言わばライディングという私の仕事と同時に、「仕事として機能する為の仕組み」という会社づくりをしている様なものです。

ただ、この仕組みをつくることが結局自分の能力に応じた収入を得る方法だと思います。

能力よりも社会性

発達障害者の能力は個別では秀でているものもあります。

けど、社会で生きていくにはコミュニケーション力の方が重視され、秀でた能力は誹謗中傷の的になることもあります。

そして自分の得意分野の全てを活かせる仕事場もなかなかありません。

仕事探しではどこかで妥協をしながら、その時の求人の中から「~よりまし」案件を探し自分をその仕事場の色に染める努力をしていきます。

うまくその職場の色に擬態して組織の色に染まりかけている様でも、同時にその職場で求められない能力を殺しながら生きていくと感じていました。

ネックは人間関係

私が学生の時に一番成績が良かったのは実は美術でした。先生や友達から芸術大学に行く事を進められていました。

ただ当時の先生に「君みたいに人付き合いな苦手な子も安心できる」と言われたことで意地でその進路をはねのけました。

次には体育の成績が良く、大学の時に入った格闘技のクラブでは、師範に実力を認められました。試合ではバリバリと一本を取れたのですが、人間関係が保てずにやめました。

また、歌、古典歌謡、詩吟、歌唱などでも評価をされ感涙されることもしばしばありましたが、人間関係が保てずにやめました。

そして、社会に出てデスクワークを選んでしまうと自分の得意分野を活かせる場面はなく、決まった役割と動きを求められました。私はいつも同じように決まった力を発揮することが難しく、求められないイレギュラーを繰り返していました。

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実感した資本の仕組み

社会経験を通して、労働の例えが古すぎて理解出来なかったカール・マルクスの「資本論」が理解出来ました。

会社とは他人がつくった「働かせるためのレール」であり、活かさず殺さず働かせ続ける為の仕組みなのだと。

いくら美辞麗句を並べても、必要とされているのは仕組みをつくった人の役割の範疇で、責任という同調圧力で労働は拡大し、自由は保障されてないものだと。

その中では、自分らしく能力を発揮出来て対価を得ることは出来ないのだと。

そして、私も甘えていました。

独立を目指していたのに人のつくったルーチンに甘んじていました。そればかりか、誰かが自分をプロデュースしてくれないか?とすら思っていました。

持てる力を自分を活かす道の開拓に

今やっと、私は自分が生きる仕組みを本気でつくり始めました。

「時は金なり」という感覚は沁みついて、自分の為に自分の人生とスキルを商品にして、セルフプロデュースを行い始めました。

年末年始も最低限の「家事」と「育児」と「イベント」以外は生業を続け、仕事をしていた時以上に働いています。

しかし、仕事を詰める事に負担はまったく感じません。

私が負担を感じるのは、人の他意や悪意です。

私は仕事をする中では、どこにいてもその職場の「サービスの向上」と「売り方」を考え続け、独自に実践をしていました。

職場に染まろうと思えば、その仕事の「社会的役割」に合理的に染まりきってしまえるからです。

その職場の目標を定めたらまっすぐと必要な実践を試みていくことで、職場は改革をされていくのですが、一仕事を終えると人に敬遠をされて孤立をして居所をなくしていました。

私としては次のプロジェクトに向けて進もうとしますが、周囲から感情的な圧力が入り、進めなくなり頓挫をしてしまうことにエネルギーを奪われていました。

今は仕事をやりすぎたとしても、、、

揚げ足をとる人も、提案に難癖をつける人も、手をぬいて押し付ける人もいないのです。

自分が、最善と思えることを実践しても、納得できるだけのクオリティを追求しても、誰からも文句はいわれないのです。

ただ結果が出なければ、自己満足で何もしないことと変わらない厳しさの中にいる点をシビアに受け止めて邁進しています。

発達障害者が生きる道を拓ける情報化社会

日々、わからないことが出て来て、それを調べて、壁を乗り越えていってます。

その調べる、ググるということが発達障害者の私達が生きる大きなカギだと実感し、正確な情報の共有を志し、今の情報化社会をつくって頂いた先人に感謝をしています。

検索ワードを打ち込むだけで何でも調べられる。

今の社会は、発達障害者が苦手なひとづきあいを無理にクリアしなくても、わからないことを「人の手を借りず」に切り拓ける時代なのです。

ワードプレスの設置も、複雑な税制処理も、社会制度の活用も、出来ないと思って挫折していた料理も、ググればなんでも出来ました。

自分らしく生きる為の半年間のタイムトライアル

私達は本気で取り組めばなんでも能力を開花出来るのではないかと思います。

社会の中で生きる枠組みを見つけられなければ、自分で生き方を切り拓く術を、ググってググって自分のサイズの枠組みをつくりあげてはどうでしょうか。

とは言うものの、まだ結果が出せてないうちは、自己啓発本の謳い文句の受け売りみたいにしか思えませんね。

私は自分の枠組みを作る為に命運をかけて半年間のタイムトライアルをします。

もし出来なければ自分を表現する生き方を諦めて、他人の色に染まる生き方を選ばなければならないと思います。

もし、このタイムトライアルを突破出来れば、発達障害者が自分らしい生き方を開拓が出来たとして、みなさまにお伝えしたいと思います。

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